京都の食文化と食育
2014年10月27日
京都府立大学大学院教授 大谷 貴美子
京都府立大学食事学研究室に着任して、早18年の歳月が経ちました。着任当時は、食事の大切さは体の健康面からは論じられていましたが、食育基本法(平成17年)の前文、「・・・子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも「食」が重要である。今、改めて、食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育および体育の基礎となるべきものと位置付ける・・・・子どもたちに対する食育は、心身の成長および人格の形成に大きな影響を及ぼし、・・・・」にあるように、食が人格の形成にまで及ぶという考え方は、まだ一般的ではありませんでした。
食事学という、耳慣れない、しかし興味深い研究室の名前に惹かれ、転任した私は、それまで研究していた栄養生化学の分野から食事学という新しい分野に踏み出すことになりました。しかし、前例研究はなく、日々、食事学の目指すところを模索するといった、まさにゼロからのスタートでした。そのような中で、京都の食文化は、食教育に活用できると考えるようになりました。
ご存知のように、陰陽五行の考え方は、京都の食文化に大きく影響しています。基本的な献立構成である一汁三菜(主食と香の物は数えません)、そして五味・五色・五法(この場合の五は、単に数字の5と考えずに、いろいろなという意味で捉えたほうが良い。)そして、料理は五感で味わいます。加えて旬菜・旬消、地産・地消。それは、まさにこころとからだにやさしい健康食であり、環境にやさしい食事です。
京の食文化の底流にあるこのような考え方を、京都で育つ子ども達に、京料理を体験させることを通じて伝えたいと考え、協力していただける小学校、京料理店を探しました。それが、京都市立新町小学校校長、島田尚夫先生と懐石「近又」主人、鵜飼浩二氏との出会いとなりました。平成16年のことです。子どもたちに本物の京料理を味わう経験をさせたいという私の思いに、鵜飼氏が応えてくださり、子どもたちに無償で点心を提供してくださることになったのです。また、当時は、小学校のカリキュラムにゆとりがあったのでしょうか。島田校長のご理解のもと、総合学習、国語、家庭科、美術等の時間まで加え、6年生を対象に、下図に示したように、全20時間(体験学習を含め)という、今では考えられない食育プログラムを実施する機会が与えられました。あれから、約9年、新町小学校と近又、また私どもとのお付き合いは続いています。今年も、新町小学校の4年生が、私どもの大学に食育授業を受けに来てくれることになっています。
私は、勝手に、「心(感動)・脳(知識)・体(体験)」食育と呼んでいますが、今までの取組を通じて感じていることは、事前学習と本物に触れさせることの重要性です。それが、感動を呼びます。現在、日本料理アカデミーが中心となって、「だしの文化」を伝える食育活動が京都市内の小学校で実施されています。しかし、私は、できることなら、子どもたちを、お店にお招きいただき、本物の空間(しつらえ、もてなし、言葉)の中で、京料理を味わう体験をさせてあげてほしいと願っています。本物の空間に身をおくだけで、子どもたちが変わるからです。
プログラム終了後のアンケートでは、子どもたちは、京料理の秘密は「おもてなしの心」にあると答えました。また、「障子を介して入ってくる光がやさしかった」との感想も書かれていました。これらは、小学校では味わえないことです。さらに、ある子どもさんが、大学に合格した時に、もう一度来たかったと、両親を伴って「近又」に来てくれたとのお話も聞いています。感動あればこそのお話です。
このたび、私が、京都市の自治記念日に際し、京都市から「和食―京の食文化―特別表彰」を戴けましたのも、私たちの取り組みに多くの方々のご協力があったからと、感謝しております。私が蒔いた小さな種が、これから益々、大きく育ってくれることを願っております。